この集まりは、1996年年末の死刑執行を受け、本当にこれ以上執行させたくないそのために私たちに何ができるだろうか、と話し合う中から、うまれました。

さまざまな地域の方々が地道に(ときには派手なパフォーマンスも含め)それぞれ創意工夫をこらして運動を展開している、そのスタイルを見習いながら、私たちは処刑場を持つ東京拘置所周辺の地域運動として死刑廃止の声をあげていこうと思いました。

しかし「死刑廃止」を前提とすると、これからいっしょに考えていけるかもしれない人たちとの回路を閉ざしてしまいそうで「死刑について考える」会としたものです。

また、私たちの中にも、いきなり「廃止」とは呼びかけづらい、せめて「考える」ということであれば・・・という仲間もいます。
そして、綾瀬駅前でビラを配ることから始め、執行に抗議するデモや地域ビラ入れ、ミニ集会などを重ねてきました。

ビラ配布後にミーティングをもち、反省や次回の日程・ビラの内容等を相談していますので、意見や提案などもお待ちしています。

どうぞ、気軽に声をかけてください。

※X(Twitter)も行っていますので、こちらもよろしくお願いします。https://twitter.com/AyaseSobanokai

お知らせ

2024年02月25日
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12月のビラ №336(2025年12月20日) 


「人権」、全ての人に平等であるべきもの

死刑は人権の基本である生命権を犯す人権侵害です。「死刑の廃止が人間の尊厳の向上と人権の漸進的発展に寄与することを信じ、死刑の廃止のあらゆる措置が生命に対する権利の享受における前進と考えられることを確信し」、国連は1989年の総会で死刑廃止条約を採択しています (202312月時点で90ヵ国が批准)。残念ながら日本は国連関連機関の死刑廃止に向けた決議や勧告に応じていません。

 日本においては死刑確定囚、その「加害者家族」(罪を犯した人の家族)に対するいじめ、中傷、差別、排除が後を絶たず自死を選ぶ人も多くいます。

★ オウム真理教事件(1995年) 元代表松本智津夫元死刑囚の三女松本麗華(りか)さん。麗華さんの映画「それでも私はThough I’m His Daughter」が上映され、本「加害者家族として生きて-松本智津夫の娘であること」がある。麗華さんは、住民票不受理、大学入学拒否(3校合格しても入学許可されず)、銀行口座は作れず、海外渡航は不可。11歳で事件に遭遇してからそれ以降差別、排除の攻撃を受けている。彼女に何の罪があるのか? 理由がない。


★ 和歌山市カレー事件(1998)の林真須美死刑囚(大阪拘置所在鑑・再審請求中)の長男の映画「マミー」、本「もう逃げない。いままで黙っていた『家族』のこと」。等々で事件後の社会の差別、いじめの実態が記されている。林真須美死刑囚の長女の母子投身自殺事件。宮崎勤埼玉連続幼女殺害事件(1989年)の父親の投身自殺。加藤智大秋葉原事件(2008年)の弟の自殺。数多くの痛ましい事例がある。マスコミからの攻撃、市民からの攻撃が耐えきれない中でのやむにやまれぬ行動だと思われる。自死した人を非難は出来ない。生きている限り差別排除が続き、取材陣に追われて生活が成り立たなくなる。犯罪に巻き込まれた人(加害者も被害者も)への包括的な支援体制が必要だと、今では「犯罪被害者支援センター」「相談窓口」が広がっている。


それにしても林真須美自宅への心ない落書きをする人は自らを恥ずかしいとは思わないのだろうか?残された子供に何の罪があるのか?そういう事をする自分をどう説明するのか?Xへの200件ぐらいの「死ね」という見えない悪意の投稿があったという(林真須美さん長男,月刊誌『創』参照)。


「家」の観念が支配してきた日本では「個」が確立していないことも一因だ(月刊誌『創』の編集長篠田博之氏)という。「個の確立」それも勿論だが自らの弱みの代償としてより弱い人間を攻撃し、悪いことをした人間やその家族には何を言ってもいいんだみたいな小さな快感を得ている人には「何が正しく何が悪いのか」を、考え続けてほしい。(T


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